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なっちゃん 
2009/07/04

めっちゃくちゃお久しぶりです。
コスも最近あんましてないし、更新しなさすぎてもうここのブログ閉じようかなとも思ってました。

久しぶりの更新が全然関係ないことで申し訳ないんですが、先日うちの愛犬が天国へ行きました。
本当に急なことで悲しくて悲しくてどうしようもないんだけど、いつまでもツイッターでうじうじ言ってらんないし
ちょっと思い出っていうか、まとめ的なものをね、書いてみました。完全に自分用です。

2010/01/02
なっちゃん。捺。わたしが名付けました。総画が11画がいいらしくて、結構安易に名づけました。
うちに来たのは10年前の8月16日。たぶん。田舎に帰省したあとだったのを覚えてます。

まだ離縁した父の社宅マンションに住んでた頃で、ポン太がうちに来て2年経ったころ、もう一匹飼いたいねーって話しててお兄ちゃんが「2匹もいらん」ってゆってたのに、おかんがある日いきなり某犬園から連れて帰ってきました。びっくりしました。
片手で持てるぐらい小さくて、小動物みたいで、ポン太に踏みつぶされてしまうのではないかとハラハラしてました。

甘えたで人間が大好きでした。
ポン太を撫でてるとやきもちを焼いて間に入ってくるしゃしゃりでした。
寝てるときも名前を呼ぶとすぐに起きました。
でも「ポン太!」って呼んでも「なっちゃん!」って呼んでも起きました(笑)
今まで吠えたことは数回で、人間に対して唸ったことはありませんでした。
吠えるのも、めったに吠えないポン太が興奮してワンワン言ってるのを見て、真似して吠えている感じでした。
ひとに対して怒ったりしたことが、10年の中で一度もありませんでした。
ポン太が発情期でなっちゃんにしつこく構うのをうざったく思ったのか、ポン太に対して唸ったのを二回だけ見ました。
母は見たことがないと言ってました。とても希少。


ポン太が脱走してそれを追いかけてなっちゃんも家から出て行ったので車で母と近所を探していたとき、
近所の美容院の人が小洒落たリボンをつないだなっちゃんを連れて歩いてて、あまりにもしゃなりしゃなり歩いてたから
「あれはなっちゃんじゃないよ、なっちゃんあんな風に上品に歩かない」とスルーしてしまうとこでしたw
なっちゃんはどこのうち行ってもやってけるね~なんて話をしてました。
本当にひとが大好きでした。うちに来た人みんなにしっぽ振って甘えてました。
トリミング行ったときも、トリマーのおねえさんに「ほんとにいい子ですね!!」って言われてわたし鼻高々ですよ。

でも実はビビりで、犬が苦手でした。
預かり犬に、あからさまにいやそ~な顔をして追いかけ回されてました。
散歩中も他の犬にあまり興味がなさそうでした。
DSC_0345b.jpg
でもポン太のことは大好きでした。毎日べたべたしていたわけではないのですが、
ポン太だけ散歩や病院で家から出すと、これでもかっていうぐらい鳴きます。
そんでポン太が帰ってくるまで静まり返ります。感情表現が豊かでした。
いつも怒られるのですが、朝母の部屋のドアを開けて「かあちゃん起こしてきて」っていうとポン太と階段を駆け上って
母を起こしに行きます。というかベッドで暴れまくっていました。
本当はダックスに階段上がらせたりしてはいけないそうなのですが、なっちゃんはメタボ予備軍のくせにヘルニアとは無縁でした。
いつもしっぽを振ってわたしの目を見て、嬉しい楽しいを全身で表現してました。
カメラを向けると目線をくれます。サービス精神旺盛です。そして自分のかわいい角度を知っておる。
かわいいかわいいって常に言ってたから、なっちゃん自身もかわいいと自分で思ってたと思います。

2012/03/14
なっちゃんが倒れたと母から連絡を貰ったのは、先週の土曜でした。
朝、それまで普通に元気だったのに急に鳴いて動かなくなったと。
その時は、入院した、腫瘍を手術でとらなければいけないということを聞きました。

その時はなっちゃん手術するのか~と思ってただけでしたが、その三日後くらいにちょっと危ないかもという連絡を貰い広島に向かいました。
夜行バスで行ったので朝広島についてそのまま病院へ向かいました。
最近近所にできた新しい病院らしく、休診日でしたが話を通して貰っていたのでピンポン押して中に入れてもらいました。

なっちゃんは、点滴でようやく生きている状態らしく、それでもまだ息をしていました。
なっちゃんは生まれつき精巣がひとつしかなく「片金片金~」といじっていたのですが、大した問題ではないとそれまで過ごしてきました。
しかしその片方が体内に入り悪巣となり、10年かけてソフトボールぐらいの大きさになって、なっちゃんの腎臓に負荷を与えていると
先生が説明してくれました。
腎臓だけでなく他の内臓もほとんど機能してなくて血液を流す機能やおしっこをする機能もほとんどなくなりそれらは点滴で賄っているとも説明してくれました。
朝、晩と二回血液検査をしていて、その結果は日に日に悪くなり測定値の限界まで来ていて測れないほどになっていました。
それでもなっちゃんは、まだ息をしていました。
鼻が詰まり口を開けるのもつらいのか、口の横の隙間からヒューヒューと息をしていました。

この一年、わたしは家にいなかったので、頭パーななっちゃんにすっかり忘れられたように思います。
(5月に実家に立ち寄ったとき「お客さんだ!」みたいな反応だった…)
それでも立って、わたしの目を見て近づいてきてくれました。
なんか、なんの根拠もなしにこのまま持ち直してくれるんじゃないかなって、思いました。
持ち直して、体力も戻ったら腫瘍とる手術して、しぶとく生き続けてくれるんじゃないかなって。

夕方、仕事から帰ってきた兄と母と三人でもう一回病院に行ったときは、起き上がってゆるくしっぽを振っていました。
数値は悪くもなくよくもなく。ただ、測定できないだけで、悪くなっているかもしれないと。
生きているのが不思議なくらい、と。
点滴で臓機能を保ってるから点滴外したら生きてはいけません。ただこのままでも命を繋いでいられる保証はないから病院のケージで死ぬより、家族がいる場所で看取ってあげるのもひとつの選択です。と先生が言っていました。
家族で、どうする?ってずっと話してましたが決まりませんでした。
わたしは、少しでも長く生きていて欲しくて病院にお願いしたいと言いました。お兄ちゃんも同じでした。

次の日も朝と夕、病院に行きました。
夕方、なっちゃんを引き取り家に連れて帰りました。
わたしはどうせ家にはいられないからお母さん決めて、と言ったので、母は家で看取ることを決めたようです。
わたしは、人間のエゴだと分かっていても、なっちゃんが苦しんでてもつらくても、少しでも長く繋いでいたかったので
その日の夜は、呼吸をするように涙が溢れてきました。
ふつう泣くときって鼻がつーんってなったり喉の奥が痛くなったりするんですが、そんなことは全然なく、
ぽろっぽろぽろっぽろ涙だけ出てくるんです。ジ〇リヒロインもびっくりするぐらい。

なっちゃんは家に帰ると水をすごい飲んでました。
病院ではずっと寝たきりだったので、もう動けないと思ってたのですがふらふら歩いて水を飲んでました。
ただもうずっと立ってられないのか、水を飲みながらトレーに顔を突っ込んでました。

あちこちにペットシーツを敷いてどこでも粗相できるようにしたのに、もう力のないからだで律儀にトイレに向かっていったりしてました。

朝方、いつも寝るドアのところで、なっちゃんは動かなくなっていたそうです。
夜1時くらいはまだ息が有ったそうで、5時すぎほど母に電話を貰い家に向かいました。

なっちゃん、普通に寝ているみたいでした。
触ったら冷たくて、でもそれ以外はなっちゃんがもう動かないことを実感させてくれなくて
痩せこけたり毛が抜けたりせず、生前の恰幅の良いまま横たわっていたので、
名前を呼んだらいつものひょうきんな顔で飛び起きてくるんじゃないかと思いました。
ただ、触ったら実感してしまうので、触らずに何度も名前を呼びました。
ハイテンションで名前呼ぶとなっちゃんも同じテンションで反応してくれるので、
めっちゃはしゃいで名前を呼んでみました。もちろんですが、ピクリともしませんでした。
あとで母も同じことをしていて、親子だなぁと思いました。

ポン太は分かってるのか分かってないのか、いつも通りいつもの場所で寝ていました。
時折気になったようになっちゃんを安置しているプラケースをふんふん嗅いだり、
部屋から誰もいなくなると、なっちゃんにかけてあるタオルを半分はがしてたりしてました。
わたしが泣いていると傍に寄ってきてくれるのも、いつも通りでした。


家族の誰もが、こんなとこでこんなに早くなっちゃんが死ぬとは思ってませんでした。青天の霹靂というか
むしろ、ポン太の方が痩せこけて、毛も抜けてボソボソだし、なつより先に死ぬんじゃないかなって。
なっちゃん、ポン太だいすきだしポン太死んだら後を追うように死にそうだよねってよく話してました。

生き物の死は間違いではないし、ペットを飼ってる人なら誰もが出会わなければいけない自然の摂理です。
なので、わたしだけが悲しいわけじゃありません。そして受け入れなければなりません。

って、分かっているのに悲しくて悲しくて死んでしまいそう。立ち直れそうにない。今までありがとうとか言いたくない。

10年は短すぎるよね…。
わたしの妄想では、ダックスだから16才くらいによぼよぼになって目も見えなくなって、「なっちゃんそろそろやばいんじゃない?」って半年くらい言い続けて老衰で死ぬはずだったんだけどなぁ
わたしが最大限の妥協と我慢を引っ張り出しておけば、今より一年多くなっちゃんと過ごせたのかなとか
今さらどうしょうもないことを、ないことばっかりを考えてます。


2012/03/14
なっちゃんが死んで丸一日あと、同じ市内のペット霊苑でお骨にしてもらいました。
火葬炉の前で最後のお別れをしたとき、炉の熱でなっちゃんの冷たかった体が温まって、余計侘しくなりました。
火を焚いたあと、なっちゃんの毛をとっとけばよかったなと思いました。
写真の通り、毛並はぼっさぼさなのですが、なぜか後頭部から首の後ろにかけてきれいなくるんくるんの毛があるんです。
小さいころはなかったのに。あれ?なっちゃんパーマかけたん?ていうぐらいの縦ロール。

霊苑のご夫妻がとてもいい方でした。
なっちゃんと同じダックスを飼っていて、ちょっとなっちゃんに顔が似ていました。
人間がだいすきで犬が苦手だそうです。ご主人にすごい甘えてました。

随分と軽くなったなっちゃんを連れて家につく帰路、おかんが
「なっちゃんの命日、覚えておいてね。焼肉の日だよ」っていうのですぐ覚えました。

なっちゃんは顔立ちの所為か性格の所為かよく女の子に間違われます。
どこに行っても誰に会ってもいい子でした。なんでこんなにいい子に育ったのか分かりません。
なっちゃんよりかわいい子みたことないって、いつも言ってました。親バカじゃないけーつって。
もうね、そんなことを言うこともないのかと思うと、とても寂しいです。

この寂しさも時間が経つにつれて薄れて行くのかなぁーとか、今はちょっとわかんないです。
ただ、もう二度とペットなんか飼わないとは思わないです。
こんなにぶっさいくに拍車かけて泣き腫らしてるのに、不思議だね。


これから趣味のこととか生活のこととか考えてかなければいけないことがたくさんあるのでいつまでもこの落ち込みを引きずるわけにはいかないのですが、ふとした時に思い出してツーンって悲しくなったりしそうだなぁ。
それだけ大きい存在だったよね、なっちゃん。10年か。短いのにね、思い出せないことばっかりですわ。

そういえば後悔がひとつだけ。もうちょっと写真残しておけば良かったなぁって。
最後に撮ったの2012年だって。写真好きの名が廃るなぁ。


久しぶりに長い文章を書いたのでちゃんと文章になってないかも。すみません。
もう9月だしやることやらねば。
アンソロまで時間ないし、写真集今後出したいのも決まってるし、イベントもしたいし須賀シオもギャリイヴも描きたい。
元気出そう。楽しみなこと、いっぱいあるね。

ただね、なっちゃんにもう会えないのかと思うと、とても悲しいです。

 
secret

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